マクロからミクロ ミクロからマクロへ

経済の話ではありません。
皮膚科の診察は、まず皮疹を目で見ることから始まります。
次に最近はダーモスコピーという偏光レンズ拡大鏡を使って細かいところを見ます。
診断が難しく、もしかしてほおっておいてはいけない病気の可能性はあるが、目で見ただけでは診断が難しい場合は、皮膚を一部切り取って顕微鏡検査にまわします。切り取ることを生検、取った組織をホルマリンで固定して、薄くスライスし、色をしみこませ顕微鏡で観察します。病理検査といいます。
さらに診断が難しいときは、電子顕微鏡でもっと細かいところをみれるようにしたり。組織や血液からDNAを取り出して分子生物学的に解析します。
マクロからミクロへの動きです。
どんどん拡大を上げて細かいところを見てゆけば、より物事の本質に迫れるかもしれない。これは事実です。でも離れて見たほうが意外と本質が見えることがあります。
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菌状息肉症(きんじょうそくにくしょう)という皮膚科の病気があります。皮膚にできる悪性リンパ腫です。悪性リンパ腫は、血液の中の白血球という免疫の働きをもつ一群の中のリンパ球という細胞のがんです。悪性リンパ腫だけではなく、すべての病気に言えることですが、同じ病名でも、悪性度はバラバラです。菌状息肉症は、何年間(場合によっては何十年間)もあまり悪くならずにいることが多い病気です。もちろん、中には急に悪くなる方もいますし、逆に自然に消えていってしまうラッキーな方もいます。ですから、軽い症状の方はあまり強い治療はしません。軽い症状の方に抗癌剤の点滴治療などを行なってもあまり効かないということもあります。また、10年20年先、できれば普通の方と同じように一生を送っていただけるようにするのが、目標だからです。
さて、この菌状息肉症ですが、淡い赤い、あるいは薄茶色で表面が少しカサカサしている、あるいは細かいチリメンジワのような感じで、サイズが数cmから大きいと30cmぐらいの丸い皮疹で始まります。始めの頃はアトピー性皮膚炎などの湿疹や、少し症状が変化すると尋常性乾癬などの良性の皮膚病と似ています。ステロイド軟膏を塗ると赤みが取れますので、よくなった感じがします(菌状息肉症でも普通の湿疹と同じようにステロイド外用剤で治る方もいます)。つまり、診断がまちがっていても、ステロイド外用剤に対する反応は近いので、診断が難しいことがあります。
初期の菌状息肉症の診断のポイントは、少なくてもできている部位と形が変化しないという点です。普通の湿疹であれば、治療によってサイズが小さくなったり、別のところにすぐでてきたりしますが、菌状息肉症の場合は塗り薬で治ったあとにまた出てくる場合は、前と同じ部位、同じ形で出てきます。また、菌状息肉症は1つの皮疹(例えば数cmの丸い赤み)の内部は、赤みも表面のカサカサ状態も全体にみんな一緒(均一)ということが多いと思います。湿疹は赤いところピンクのところ、ぶつぶつがあるとこと、硬いところ、などいろいろな変化があります。乾癬などはあまり形も色も急に変化することはないので、菌状息肉症との区別が難しいことがあります。
話が長くなりました。マクロとミクロにもどります。
菌状息肉症の始りは、薄赤あるいは薄茶のブチ状の皮疹であり、症状が軽いので診断が難しいです。疑った場合は皮膚生検を行います。眼で疑わしい程度の状態では、当然のように切り取った皮膚の標本(病理検査)をみても変化はわずかです。せっかく皮膚まで取って検査したのに診断が?といこともあります。皮膚科医になってしばらくの間は、眼で見た印象より顕微鏡で見た所見を優先していました。
でも、最初の病理検査でほとんど所見のない方が、数年後に皮膚の症状がはっきりしてきて、再度皮膚生検を行ったら菌状息肉症の所見が出ていた患者さんを何人か見るようになりました。その時点で最初の病理標本を再度見なおしてみても、やはり自分の脳力の範囲では確定はできませんでした。しかし、皮疹の写真を見なおしてみると菌状息肉症の特徴が最初からきちんとあるのではないかと思うようになりました。
離れて見たほうが特徴がはっきりする場合があるということです。あたりまえと思われる方も多いと思いますが、私にはかなりの衝撃でした。
「鳥そのものの形で種類を言い当てるのは比較的簡単でも、鳥の毛の顕微鏡写真から種類を当てるのは難しい」(皮膚病理医のアッカーマン先生の教科書の内容を個人的に改変しました)ということを、医師になったばかりの頃、指導してくれた先生に教わりましたが、形態学の全てに通じることなのかもしれません。なに今更当たり前のことを言っているのかと言われそうですが。
皮膚科の診断は、皮膚の見た目と病理を総合して行います(もちろんその他の検査も利用します)。両者が一致しないときは、やはりどちらかに優先度を与えることになります。それは病気ごと、患者さんごとに違います。ミクロもマクロもどちらも大切です。タイトルの割には、オチは今ひとつだったかな。

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