昨年9月にNature Geneticsという雑誌に結核菌の発祥の地と発祥時期に関する仮説が報告されました
(Out-of-Africa migration and Neolithic coexpansion of Mycobacterium tuberculosis with modern humans)。
そうなんです。結核菌もやっぱり7万年前に現生人類とともにアフリカを出たようです。感染症と人類の大移動シリーズ?です。
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かなり濃密な関係にないとうつらない感染症があります。例えば母乳(ヒトT細胞性リンパ腫・白血病ウイルス)、口移し(ピロリ菌)、赤ちゃんのときの添い寝(ハンセン病、シラミ)、などです。古代は人口が少なかったし(密度が低かった)、移動手段も徒歩だったので、このような病原体は拡散しづらい(つまり離れた集団にうつりにくい)という特徴があります。世界中から病原体を採取して、その遺伝子の差を調べると、(遺伝子の変異は時間ごとにある確率で起きると仮定できれば)、差が大きいほど昔に分かれたと想像できることになります。たくさんの個体の変化を比較することで、一番古い個体(つまり母)は何年前にどこに出現したか想像することができます。
論文の要旨(結果)は以下です。
1.結核菌の起源はアフリカである
2.採取された結核菌が出現(分岐)したと予測される時期とその患者のミトコンドリア遺伝子(母系で子孫に受け渡されます。この遺伝子の差からやはり分岐した時期が予測できます。この方法で現生人類は東アフリカの数名の黒人母から始まったと予測されています)からわかる患者の祖先が発生(分岐)した時期を比較したところ、ほぼ両者のスタート時期が一致しました。つまり、現生人類が世界への拡散(大移動)において結核菌も運んできたと想像できます。
3.結核菌は7万3000年前に現生人類に感染した。67000年前に西アフリカと東南アジア、63000年前にエチオピアに、時代が下がって46000年前にヨーロッパと東アジア、42000年前にインドに到達した(正確には現住民の祖先に定着した)。
4.アジアへの伝搬については、42000から32000年前に結核菌がアジア(中国)に到達し(これはヒトのミトコンドリアによる時期と一致)、1万年から6000年前に周囲に拡散を開始し(新石器時代)、5000年から3000年前にアジア全体に拡散した(稲作の伝搬に一致)。結核の感染の拡大は爆発的な人口増加によってもたらされたと著者らは述べています。
さて、結核菌は現生人類の拡散に伴ってヨーロッパからユーラシアに広がりましたが、ハンセン病、ヒトT細胞性白血病・リンパ腫ウイルスのようにベーリング海峡を越えてアメリカ大陸には渡れませんでした。アメリカ大陸の原住民には結核はなかったのです。アジアと北米をつないでいた氷の道が溶ける前までにアジアの末端に感染したヒトがたどりつけなかったのでしょうかね。日本に入ってきたのも弥生時代ですから、ちょっと間に合いませんでした(縄文人やアメリカの原住民にとってはよかったことですが、後に流入してきた民族から感染して多くの命が失われたようです)。
結核は感染力の高い感染症です。このような感染力の高い菌は短期間に広範囲に拡散してしまうため、その起源を追うことは難しくなります。人口が少なく、各集団の距離が離れていた時代だったから菌ごとの混じり合いが少なかったのかもしれません。近代、とくにイギリスの産業革命時に人口増加と密集や集団就業により感染が爆発的に拡大し、日本でもたくさんの方が亡くなりました。戦後ぺニシンの使用により治療が可能になり、ぎりぎり国際的な菌の混合がまぬがれたのかもしれません。適切なたとえではないかもしれませんが、結核はヒト種が増えすぎたことによるバベルの塔のようなものだったかもしれません。