医者になったばかりのころ

大学を卒業して、4月初旬に国家試験を受け、発表がある5月中旬まで社会人でも学生でもない中途半端な時期をなんとなく過ごし、6月1日に正式に大学病院に採用された。20年以上前のことだ。


当時の皮膚科の教授は定年まで2-3年を残すのみで、病院や医学部の事務的業務で忙しかった。
あまり接点もなく(もちろん気軽に話すことのできない貫禄があったし、古き時代の権威ある教授の生き残りだった)、直接的な教えを受けることもほとんどなかった。
退官間近のころ、突然、僕ら研修医のいる研究室に顔を出され(もちろん一同何事かと緊張した)、外来へ誘われた。
外来診療の終わった外来で、教授は僕らに包帯の巻き方を丁寧に教えてくれた。今だって包帯の巻き方なんて医学部のカリキュラムにはない。「きちんと巻けていれば、バスケットボールを少しぐらいやってもほどけない」とおっしゃられた。
そして、次にいくつかの軟膏やクリーム類をしぼり出し、そこに水を加えて混ぜ、軟膏が水と親和性があるのか、油と親和性があるのかを簡単に見分ける方法を教えてくれた(軟膏を混ぜたり、傷の状態によって軟膏を使い分けるときの選択に必要)。
おじいさんが孫に技術を伝承するように。
お互いの距離感がほとんどない、やさしい雰囲気で包まれていた感じがする。
今日の夕方、その教授が永眠された。
今月始め、病室にうかがったら、「今晩は当直ですか?」とおっしゃられた。当直ではなかったのだが、なぜか思わず「そうです」と答えたら、「ご苦労様です」と声をかけていただいた。もう僕のことはわからなかったし、ご自分がこの病院の建設に力を注いだ名誉教授であったこともわからない、ただ一人の患者として医師にねぎらいの言葉をかけているようだった。
これが先生との最後の会話になった。先生安らかにお眠りください。合掌

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