ボブ・マーリー(Bob Marley)とメラノーマ(2)

前回からの続きです。
2)今だったらどんな治療プランを提案できるか?・・・ボブ・マーリーは信じるラスタファリズム:Rastafarianism(ラスタファリアニズム)により、自身に傷を受けることを拒みました。今だったら手術以外にどんな治療法を提案できるでしょうか?


メラノーマの治療の基本は手術です。転移を起こした場合でさえ、転移した腫瘍が急に大きくならない(じっとしている)、数が1-2個で狭い範囲にかたまっていて急に増えない、他の臓器に転移がない場合は手術で取ることが最も生存率が高い治療法です。それは、メラノーマには化学療法や放射線が効きにくいからです。
では、ボブ・マーリーが足趾の切断に同意しない場合は今だったらどうするか?あくまでも私個人の考えです。
放射線治療でしょうか。メラノーマは放射線が効きにくいといわれていますが、どうしても手術がいやだけど何とかしてほしいということであれば放射線科の先生に相談するかもしれません。完全に治らなくても出血や痛みは止まるかもしれません。
脳転移、肺転移、胃の転移にはどうするか?
転移の状態がわかりませんが、もし治療可能な状態なら、今なら放射線の脳全体への照射あるいは転移が小さくて数が少なければガンマナイフ(あるいは併用)(1-2個なら手術:きっと承知しないと思いますが)で、脳転移さえコントロールできればもう少し生存を伸ばせたかもしれません(わかりませんが)。肺や胃は症状がなければそれほどすぐに命にかかわる臓器ではありません。脳転移のコントロールが最優先になると思います。
3)彼の病気の進行はどうだったのか?
1977年の最初の時点での病期(病気の進行状態)は、潰瘍あり、爪が盛り上がっていたとのことですから厚さ4mm以上あった、脚の付け根のリンパ節や内臓に転移なし、と仮定して、病期IICとなります。5年後(1982年)に生きている確率は45%になります。彼は4年生き抜きました。満足な治療をしない中でよくもったほうかもしれません。
また、彼は3つの臓器に転移が見つかってからも治療をせず(ドイツで代替医療を受けていたようですが)に約1年間生き抜きました。これは(あくまでデーター上の確率では)、脳転移発見後の生存期間中央値が2-8ヶ月度しかないなかでよく生き抜いたのではないかと思います(これらの数字は中央値ですからもっと長く生きられた方もいます)。彼は1980年の夏にNYのセントラルパークで倒れています。これが脳転移の症状だとするとその後8ヶ月程は生きたということになります。やはりよく生き抜いたといってよいのではないでしょうか。
ボブ・マリーは白人のお父さんとジャマイカ人の黒人のお母さんの間に生まれました。このことが彼の人生に大きな影響を与えたと言われています。メラノーマができたことに白人の血が関係していたのではないかなどという記事もありましたが、指(趾)爪のメラノーマは白人、アジア人、黒人にほぼ等しい比率でできる腫瘍であり、人種は関係しません。繰り返しになりますが非常に稀な腫瘍です。
追記:
20年ほど前にジャマイカに行きました。モンテゴベイに向かう機中で、通路を隔てたとなりの席にトレッドヘアーにラスタ・カラーの帽子(だったか飾りであったかはっきり覚えていません)をかぶった方が座っていました。ジャマイカに向かう飛行機であっても少し目立った存在でした。彼はきちっとした姿勢をずっと保ちながら読書を続け、機中でサービスされる食事は断わって持参した小さなお弁当を食べていました。なんとなく神々しい感じがしました。

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