見えているものと見ているもの

以前の記事(ワインと皮疹と舟を編む)で、学生の実習の初日に皮疹をなるべく正確に言葉で表現する遊び?をやっていることを紹介しました。でも現在の電子カルテには皮膚の写真もレントゲン写真もCTもエコーも病理写真も高解像度で載っています。皮膚科の診断は見慣れた疾患であれば見た瞬間に診断がつきます。ある一定の順序で所見をとることは誤診を避けるために重要ですし、一番所見を取れる人が言語化しておくことがチーム医療では大切ではないかなどといった理由を挙げて、正当化してきました。
でも、本当にそうなのか?時代遅れの習わしにすぎないのではないか?そんな面倒臭いことをしなくても診断はつくのではないか?という感じ(不安)はずっとあります。
新聞の書評に出ていた本「言葉が違えば世界が違ってみえるわけ」を読んでみたら、言語表現が物事の見え方に影響を与えるらしいと書かれていました。
ninjin2013MAR
人参のヘタを水に浸けておいたらかわいい葉が出てきた


古代ギリシャ、古代インド、ヘブライの書物における色の表現は非常に乏しいようです。
ホメロスの詩には「海は葡萄酒色」という記述がありますが、青いという記述はありません。また古代の書物には空が青いという表現もありません。海が何かの原因で赤くなっていたわけでもなく、古代の葡萄酒が白中心だったわけでもなく、古代の人々の色覚に問題があったわけでもないようです。空の色を意識して表現する必要がなかったせいではないかと著者は述べています。つまり必要性がなければ表現することはないということです。対比できる人工色(染色など)がないと自然色を意識できなかった可能性もあります。また、無意識に見ているものを認識するためには言語野の利用が必要であるとの実験結果が紹介されています。さらに言語表現(思考方法)は感覚自体に影響を与え、認識している色調さえ補正してしまうこともあると書かれていました。つまり脳の言語野での解釈が見えている色さえ変化させてしまう可能性があるということです。「青信号」と表現するのは日本だけですが、そのために日本の青信号は青みがかった緑に調整されているのだそうです。言語と見えている色との差に戸惑わないためでしょうか?
さて、医局の病理検討会(1週間の間に生検した病理組織の診断を行う)の前に、若い先生と病理組織を前もって見ることがあります。まず、若い先生に所見を言ってもらいます。その後に追加したほうがよい所見を教えるのですが、「これ気づいていなかった?」と聞くと、「気づいていた」と答えることがけっこうあります。「なんで言わなかったの?」と聞くと本人も?のことがときどきありました。あくまでも想像ですが見えてはいるが認識していなかったのではないかと思うようになりました。所見を言語化しないと見えないのかもしれません。
ということで、学生さんや若い先生には迷惑かもしれませんが、皮疹を言葉で表現する実習は来期も続けることにしました。(参考:言語が違えば世界も違って見えるわけ、ガイ・ドッチャー著、椋田直子訳、インターシフト社)
ところで、古代、色の認識は白(明るい)、黒(暗い)、赤、が最初だったようです。4番目以降に認識された色の種類は地域や人種によって異なるようです。明るい、暗い、と赤色は必用性の優先順位が高かったのでしょうか。学生時代に先輩の画家のお宅にうかがったときに部屋においてあった格子模様の絵群を思い出してしまった。黒か白か赤しかなかったような気がする。

「見えているものと見ているもの」への2件のフィードバック

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    日本語の「シロ」は「はっきりしている」(しるし≒いちじるし)、「アオ」は「はっきりしない」(Ex.あおむま)だったらしい。一方、「アカ」は明るい、「クロ」は暗いで、この二系の色が基本だったらしい。その他の色の多くは二次語だよね。「ミドリ」は上古にはなかったらしく「みずみずし」から派生したらしい。茶色はミステリィだよね。でも茶の実の色からきているらしい。「らしい」ばかりで申し訳ない。

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    NRさん。コメントありがとうございます。日本語でも色の認識の発展歴?をたどれるかもしれないということですね。霊長類は色を認識するために白黒のセンサー(明暗のセンサー)の一部を色センサーとして割り当て、その代わりに明るさを認識する感度が落ちたのですが、目の前が天然色になっても白黒の世界の名残があったのでしょうか。そうすると言葉だけではなく生物の系統発生の名残が色の認識に影響を与えてきた可能性もでてきますね。「言葉と色」はKYRのお酒のネタとしてけっこうはぴったりかもしれませんね。

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