2016年 大晦日

大晦日です。当地は雲一つない晴れでした。

21時を過ぎました。紅白はRADWIMPSです。今年1年を振り返ります。

お供え餅、今年もじょうずにできました。今年は息子作です。後ろの花は20代から30代にかけて一緒に働いた看護師さんからいただいた花です。梅の花が咲きかけています。

“2016年 大晦日” の続きを読む

ERと皮膚

以前にも書いたことのある内容です。ずいぶん前”ER(救命救急室)”という救急をテーマにしたドラマをやっていました。救急ですから、皮膚科の疾患はあまり出てきませんが、研修医カーターが救急外来で診た帯状疱疹の患者の耳を見忘れたことを思い出し、患者の自宅まで行って玄関で耳の穴を見せてもらい、「大丈夫です。ありがとう。」というようなことを言います。耳に皮疹があると、めまいや難聴がおきることがありますが、症状がないならたぶん治療方法は変わらないのです。しかし、研修医のまだ患者側にいる美しさがそこにあります。また、名前は忘れましたがある研修医が処置用の手袋をしたとたんぶっ倒れたことがありました。ラテックスアレルギーです。1990年代に話題になったゴムに対するアレルギーです。

関連記事:ラテックスアレルギーとゴムの木の痛み

また、グリーン先生というERを支えた中心人物が、自身のがんの脳転移で病院を去るときがきます。心停止の患者の胸を切開し、手で心臓をわしずかみにしてマッサージするような現場に長年いた先生の最後の患者は棘を抜いてもらうために待っていた少女でした。(たぶん、多くの重症患者のために長い時間待っていたであろう少女の)棘を抜いた後にグリーン先生は、「私の最後の患者になってくれてありがとう」といいます。少女の父は「今日はこれで終わりかい?ご苦労さま。ゆっくり休めよ」というようなことを言います(すいません。自分の記憶のままに書いていますのでセリフは不正確です)。グリーン先生は、その後死ぬまでにやりたいことを紙に書き出し、すべてを実行して亡くなります。背後に流れるSomewhere over the Rainbow – Israel “IZ” Kamakawiwoʻoleがいいです。

個人的なことですいません。今日、新天地(以前住んでいたことがあるので本当は“再”ですが)で仕事をすることが決まりました。このブログは続けます。

18歳の少女の死とColey先生の免疫療法とロックフェラー(2)

前回の記事(18歳の少女の死とColey先生の免疫療法とロックフェラー)より

少女Elizabeth (“Bessie”) Dashiellは、1890年にNYの外科医William Coley先生(当時28歳)に肉腫の手術を受けました。腕を切断して腫瘍を完全に取り除いたにもかかわらず、転移を起こして翌年18歳の若さで亡くなってしまいました。今から125年前のことです。彼女の死に手術の限界を感じたColey先生によって溶連菌を用いたがんの治療(Coley’s toxin: コーリーの毒)を生み出されました。そして彼女の死は、もう一人の人物にも大きな仕事をさせることになりました。彼女の友人であるJohn D. Rockefeller Jr.、スタンダード石油の創始者であるJohn D. Rockefellerの一人息子です。

サイト The Legacy of Bessie Dashiell

関連記事 メラノーマは変異の多い腫瘍だ、でもそれが免疫の標的になっている

地元の高原で年に1回開催される草競馬を見に行きました。

“18歳の少女の死とColey先生の免疫療法とロックフェラー(2)” の続きを読む

18歳の少女の死とColey先生の免疫療法とロックフェラー(1)

前の記事よりの続き

がん免疫療法の歴史を語るときに、まず出てくるのが1890年代のNYの外科医William Coley先生が行った治療です。

Coley先生が手術だけでは患者を救えないと思ったのは、17歳の少女の腕にできた肉腫の手術をした28歳のときです。少女の名前はElizabeth (“Bessie”) Dashiellといいます。17歳のときに肉腫と診断され、Memorial病院の当時28歳の外科医のColey先生は彼女の腕を1890年の11月に切断しました。しかし病気は再発し、1891年の1月に彼女は18歳の若さで亡くなりました。きちんとした手術をしたにもかかわらず再発して亡くなったことにがっかりしたColey先生は考えます。

参考文献

Bickels J, IMAJ 2002

今年は梅雨明けが遅かったですね。常念乗越から見た空はまさに”夏”でした。今年も夏のデューティーの1つがクリアーできました。

“18歳の少女の死とColey先生の免疫療法とロックフェラー(1)” の続きを読む

がん免疫療法のはじまり Coley’s toxin

”がん”を自分自身の免疫を使って治せたら・・というアイデアは昔からありました。しかし、なかなかうまくいきませんでした。”がん”だって生命体ですから、何とか生き抜こうとするわけです。免疫というものが少しずつわかってきた1980年代以後、がんを免疫で治すために、まず考えたのは、免疫を強くすることです。免疫に関わっている役者たちを増やして体に入れる、役者たちに活を入れるためのおかずを入れる、がん細胞が見つけやすいようにがん細胞の目印を入れるなどです。結論を言えば、一部の実験的な治療を除いて、免疫のアクセルを踏んでもうまくいきませんでした。

アクセルがあるものにはブレーキが必ず備わっています。アクセルを踏んでもダメなら、ブレーキを止めようというアイデアで創薬されたのが抗CTLA-4抗体イピリムマブや抗PD-1抗体のニボルマブです。メラノーマに効くことがわかり、その後肺がんにも使われています。やっと効くようになったがん免疫療法の歴史を振り返ります。

オリンピックが始まりましたね。サッカー初戦は残念でした。先週末は神戸で日本臨床腫瘍学会、帰宅して即、恒例のお山の診療所に行きました。天気も良く、患者さんもいなくてよかったです。

 

“がん免疫療法のはじまり Coley’s toxin” の続きを読む

ASCO(米国臨床腫瘍学会)3日目

ASCOも3日目になりました。実際の会期は5日間ですが、内容の濃い3日間だけ出席しました。会議場であるマコーミックはシカゴ経済の救世主のようです。重工業がすたれ、厳しい冬に覆われるこの地にこの会場ができたおかげで、定期的に学会のために何万人かの人がやってくるわけです。施設は巨大で、西のポスター会場から東の口演の会場まで急ぎ足で8-10分ぐらいかかります。会議場の巨大さと米国各地からのアクセスの良さが効いているのかもしれません。広い会場にもかかわらず会場の混み具合は相変わらずです。

会議の印象をまとめておきます。

“ASCO(米国臨床腫瘍学会)3日目” の続きを読む

ジンバブエのがん

米国臨床腫瘍学会(ASCO)に来て3日目です(学会としては4日目)。会場で毎日タブロイド判の新聞が配られます。すべてを持って帰るとかさばるので皮膚がんに関連した記事のみを切り取って他は処分します。本日分の新聞にはあまり皮膚科に関連した記事はありませんでしたが、ジンバブエのがんの状態についての記事がありました。

朝の散歩 気持ちいいです

“ジンバブエのがん” の続きを読む

シカゴに来ました

アメリカ臨床腫瘍学会(ASCO;アスコ)出席のためシカゴに来ました。がんの治療に関する世界最大(たぶん)の会議です。この数年と今後の数年、毎年シカゴで6月の最初の週末をはさんで開催されます。6月の最初の週末は日本皮膚科学会総会(日本最大の皮膚科の会議)がほぼ必ず行われるので、ほぼ必ずバッティングします(ちなみにASCOに出席する日本人の皮膚科医は10名以下ですので、ほとんどの皮膚科の先生にとってはあまり問題になりませんが)。昨年と一昨年は日本の会議に出てASCOには来ませんでした。今年は金曜日の初日のみ京都で開かれた会議に出て(関係者の方々に調整いただきました)、土曜日の朝に大阪、成田と乗り継いで朝オヘア空港に着きました。

ASCOでは治療方針を大きく変えるかもしれない大切なデータや新しい薬剤の情報を含む多くの発表が行われます。睡魔と闘いながら(ときどき、負けながら)1日目が終わりました。今当地は23時、まだ土曜日です。

会議場からの帰り シカゴ美術館前

シカゴはやっぱりビルが美しいです

紫斑(しはん)という言葉はまぎらわしい

紫の斑と書いて紫斑(しはん)と読みます。紫斑(しはん)は読んで字の通り、紫色の皮疹であり、大切なのは色よりも皮膚に出血しているということです。でも出血したては紫ではありません。とてもビビッドな赤です。

四半世紀の間、学生さんに、「紫斑はただ紫色の皮疹という意味ではないよ。皮膚の出血だよ。ピンクっぽい赤も鮮やかな赤も紫の赤もあるからね。見た目で決めないでね・・・」と言ってきました。たぶん100年以上前から存在してきた定義と微妙に違ったことを教えてきたのかもしれません(語源はラテン語、ギリシャ語で赤に近い紫で医学的には皮膚の出血を指す言葉と定義されています。日本皮膚科学会の説明でも、少なくても紫の成分がある・・・というニュアンスがあります。この辺は色に対する個人の感覚の問題かもしれませんが)。紫斑などという紛らわしい言葉を使うから面倒な説明をしないといけなくなるのではないか・・・もう出血斑でいいのではないか、といつも思うわけです。今回は超個人的な愚痴です。

息子が岐阜から持ち帰った生茶葉を紅茶にしてくれました。熟成後に炒ってます。
IMG_4774
何も入れていないのにミルクと砂糖を入れたような甘みの強い紅茶になりました。緑の茶葉が”ちゃんとした”紅茶になったのがとても不思議だった。
IMG_4782
今シーズンの野菜を植え付けました。定番のトマト、ナス、キューリです。
IMG_4795
“紫斑(しはん)という言葉はまぎらわしい” の続きを読む

カメムシ

以前このブログで触れたカメムシの記事を論文にしてみました(年末の休みに書いたのです)
Orange pigmentation spots on the sole may be from a stink bug

足の裏にオレンジ色の点々ができた患者さんがいて、原因がわからず何年かもやもやしていました。偶然読んだ医学雑誌にそれがカメムシを踏んだことによる色素沈着であることが出ていて、長年?の胸のつかえがとれてすっきりしたという記事です。足の裏にオレンジ色のシミが突然できた

korianda- kamemushi 2012

このブログでは初めてのリバイバル写真です(元記事はこっち)。うちの庭のコリアンダーに来たカメムシです。Wikiではカメムシはコリアンダーの匂いがする、と書いてありました。緑のカメムシは美しいです。でも足に色を付ける(本人は踏まれるので本望ではないと思いますが)クサギカメムシは灰色で地味です。

“カメムシ” の続きを読む

上へ